AI活用によるサポートケース評価の取り組み事例のご紹介
はじめに
カスタマーサポート部門では、日々さまざまな問い合わせが寄せられます。
お客様が抱える不満や潜在的な問題を早期に発見し、プロアクティブに対応していくためには、サポートケースのやり取りを多角的に評価する仕組みが重要です。
本記事では、AIを活用した「サポートケース評価」の取り組み事例をご紹介します。
これは、AWSを活用した既存の環境にも導入しやすい、特定のサポートツールに依存しないアプローチです。
主にオンラインで受け付けられるサポートチケットを対象とし、お客様の感情や状況をより深く理解することで、対応品質の向上や業務プロセスの改善を目指すものです。
将来的には、トラブルが発生する前にお客様をサポートできるような、プロアクティブな仕組みづくりも視野に入れています。
目的
- ニアリアルタイムでの状況把握:
- チケットへのコメント投稿時など、お客様とのコミュニケーションが発生するタイミングで、その内容をAIが分析・評価します。
- コメントからお客様の感情を読み解いたり、ネガティブな感情の要因を特定します。
- ケース対応の個別評価:
- サポート担当者の対応における良かった点・改善すべき点を抽出したりすることを目指します。
- 定点観測と傾向分析:
- 個々の評価結果を集約し、定期的なレポートを作成します。
- サポート運用全体の状況を俯瞰的に把握します。
- 例えば、問い合わせへの初回応答時間、解決までの期間、やり取りの回数といった定量的な指標に加え、感情分析の結果をスコアリングして可視化することで、潜在的な問題や改善のヒントを発見しやすくします。
- 分析結果から、お客様からよく寄せられる質問(FAQ)の候補を抽出したり、お客様が製品やサービスを使い始める際のオンボーディングで事前に案内しておくべき項目を見つけ出したりします。
これらの施策により、お客様の自己解決を促進し、問い合わせ件数の削減や、より質の高いサポート体験の提供を目指します。
なお、本記事では特に、「1. ニアリアルタイムでの状況把握」「2. ケース対応の個別評価」に焦点を当ててご紹介します。
期待する効果
担当者にとって
客観的なフィードバックは、自身の対応を冷静に振り返る良いきっかけとなります。
例えば、お客様とのやり取りで感情的になりそうな場面でも、AIの分析をワンクッション挟むことで、より落ち着いて状況を把握し、次の対応を建設的に考えられるようになるかもしれません。
人間による評価では時に感情的な摩擦が生じることもありますが、AIからの客観的なアドバイスは、感情的な抵抗が少なく、素直に受け入れやすいというメリットも期待できます。
また、これまで自分では気づかなかった新たな視点や具体的な対応のヒントを与えてくれることもあります。
これにより、お客様への回答の質や提案の幅が広がることが期待できるでしょう。
管理者にとって
評価者による解釈の違いや個人的な主観が入り込む余地がありましたが、AIを活用することで、より公平で一貫性のある評価基準を適用しやすくなります。
サービス品質を安定させるためには、悪いところだけを指摘するのではなく、良いところをしっかり褒めることがとても重要です。
なかなかそこまで手が回らない状況だった場合でも、良い点・評価ポイントをAIが具体的に示してくれることで、担当者のモチベーション向上も期待できます。
担当者へのフィードバックの質が均一化され、チーム全体の応対品質の底上げ、教育・研修の質の向上が期待できるでしょう。
概要
Zendesk や ServiceNow などのカスタマーサービスソリューションに同様の機能が存在すると思いますが、今回はシステム移行は行わず、既に利用しているツール群での実現を想定しています。
また、既存の運用やシステムへの変更が入らないよう、アドオンできる形での実装です。
- チケット管理ツール(Backlog、Jira、Zendesk、Redmineなど) → Webhook → AI分析 → 結果通知

本記事では、チケット管理ツールにBacklog、結果通知にSlackを利用し、分析はAWS上で行う構成を前提に記載します。
1. ニアリアルタイムでの状況把握
お客様からのコメントが投稿された際に、その内容に含まれる感情をAIが分析し、特に注意が必要と思われるケースをニアリアルタイムで検知する仕組みです。

サポートチケット管理ツールに新しいコメントが投稿されると、そのイベントをWebhookで連携します。
受け取ったコメントデータをワークフローに連携し、Amazon Comprehend の感情分析機能を利用してコメント内容を分析します。
分析結果(ポジティブ/ネガティブの度合いなど)はデータストアに保存するとともに、一定の基準(例:ネガティブ度が高い)を超えた場合には、アラート通知を行います。
上記のようなサーバーレス構成であれば、実際に処理が発生した分の利用量に応じた費用となるため、比較的低コストで導入・運用を開始できます。
通知例
例えば、お客様のコメントから強い不満や、問題解決の遅れに対する苛立ちが読み取れた場合に、以下のような通知が担当者やマネージャーに届くことを想定しています。
以下は、山田太郎様(仮名)から寄せられた、インターネットルーターに関するお問い合わせの架空事例です。(問い合わせおよび回答の文面もAIで生成した架空のものです。)

お客様の投稿内容から高いネガティブ度が検知された場合、その状態に至った理由や、今後の対応案を通知します。

このような仕組みにより、お客様の感情の変化を早期に捉え、問題が深刻化する前に、より丁寧なフォローアップを行うきっかけとなることを目指します。
補足: 感情分析処理の要否について
本記事の構成では、Amazon Comprehend の感情分析機能を利用していますが、近年の大規模言語モデル(LLM)の進化を考慮し、感情分析のステップを介さずにLLMだけで直接ケース評価を行うアプローチも検討しました。
結果、LLMのみでも深刻度の高いケースや重要なポイントはある程度把握できることが確認できました。
しかし、感情分析処理を挟むことには、以下のメリットがあると考えます。
- 効率的なフィルタリング:
- 全てのコメントをLLMで詳細に分析するのではなく、まず感情分析で「注意が必要なコメント」を絞り込むことで、後続のLLM処理の対象を限定し、コスト効率を高めることができます。
- ノイズの低減:
- 感情がニュートラルあるいはポジティブなコメントに対しても、LLMが何らかの分析結果を出力しようとし、結果としてアラートが過剰になる可能性を抑えられます。
これらの結果から、現時点では、感情分析を一次的な選別として利用し、特に注意が必要なケースに対してより詳細なLLMによる分析を行う、という段階的なアプローチを取っています。
2. ケース対応の個別評価
個々のコメントだけでなく、一つのサポートケースが完了したタイミングで、そのケース全体のやり取りを総合的に評価する仕組みを導入します。

データストアに保存した評価結果を利用し、LLMによる分析を行います。
これにより、担当者の対応プロセス全体を振り返り、良かった点や改善点を具体的に把握することを目指します。
結果のイメージ
あるサポートケース(例:ルーターの接続不良に関する問い合わせ)について、AIが生成した評価結果です。
# ケース総合評価結果
* id: SAMPLE-111
概要:
顧客の山田太郎様からルーター1234のインターネット接続が頻繁に切断される問題について問い合わせがありました。顧客は基本的なトラブルシューティング(再起動や接続確認)を既に実施済みでした。サポート担当者はまず一般的な対応策を提案しましたが、顧客が既に試していたため不満を招きました。その後、Wi-Fiチャンネル設定の確認を提案しましたが、顧客は有線接続も含めたルーター自体の問題だと指摘。サポート担当者が謝罪してログ取得を依頼しましたが、時間経過とともに問題が自然に解消し、顧客の要望でケースはクローズされました。
良かった点:
* サポート担当者が顧客からの指摘後、迅速に謝罪し対応方針を修正した点は評価できます。特に「問題の切り分けについて誤解がございました」と率直に認めたことで、誠実さを示しました。
* ログ取得手順の資料を添付するなど、具体的な行動で顧客の問題解決をサポートしようとする姿勢が見られました。
* 顧客がケースクローズを要望した際に、スムーズに対応を完了し、将来的な問題発生時のサポート継続をさりげなく伝えた点は適切でした。
改善点:
* 最初の対応で顧客が既に試した基本的なトラブルシューティングを再度提案しており、問い合わせ内容を十分に理解していませんでした。顧客の記載内容をより丁寧に確認し、既に実施された対策を把握すべきでした。
* 有線接続の問題と思われる状況でWi-Fiチャンネルの設定を提案するなど、問題の本質を誤解していた点は改善が必要です。この誤解により顧客の不信感を招きました。解決策を提示する前に、問題の詳細な理解に努めるべきでした。
* 問題が時間経過で解消したものの根本原因が特定されなかったため、顧客に不安が残りました。問題解決後も1週間程度の経過観察や、同様の1234モデルにおける既知の問題があれば共有するなど、再発防止のための情報提供があれば顧客満足度が高まったでしょう。
総合評価:
このケースでは、サポート担当者の対応姿勢は丁寧で誠実さが見られました。特に誤解があった際の素直な謝罪と対応修正は評価できます。しかし、顧客の問い合わせ内容を十分に理解せずに対応を始めたことで顧客の不満を招き、問題解決が遅れた点は改善が必要です。技術的説明の明確さについては、初期対応では顧客の状況に合わない一般的な提案に終始しており、機種特有の知識を生かした対応が不足していました。最終的に問題は解消したものの根本原因が特定されず、顧客に不安を残したままケースが終了した点は課題です。今後は、問い合わせ内容の正確な理解と、具体的な状況に即した専門的なサポート提供を心がけることで、よりスムーズな問題解決と顧客満足度の向上が期待できます。
このような評価結果から、担当者へのフィードバックやオンボーディング資料の更新を行い、今後の応対品質の向上をめざします。
まとめ
本記事では、AIを活用したサポートケース評価の具体的な取り組み事例と、システム構想から期待される効果、評価イメージをご紹介しました。
お客様一人ひとりの感情や状況をより深く、そして迅速に把握することで、サポート品質の向上はもちろんのこと、潜在的な課題を未然に防ぐ「プロアクティブなサポート」への道筋が見えてくるのではないでしょうか。
カスタマーサポートの領域ではAIによる「自動応答」の活用も進んでいます。
定型的な質問への回答の役割をAIチャットボットなどが担うことで、オペレーターはより複雑で個別性の高い対応に集中できるようになります。
このようなAI自動応答システムを連携させることで、問い合わせの初期対応から、有人対応、そしてその後の評価・分析に至るまで、AIを一気通貫で活用した、より効率的かつ質の高いサポートサイクルの実現が期待できるでしょう。
今回ご紹介したようなAI活用によるサポート業務の効率化や品質向上にご興味をお持ちいただけましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。
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